1月7日に話題となったキーワードは 「古谷恵」 です。
モデルとして雑誌やCMで活躍し、学芸大学のビストロでも親しまれてきた古谷恵さんが、2025年12月19日に47歳で亡くなりました。長年の闘病とともに、彼女の歩みや人柄、今回の訃報に寄せられた多くの思いを振り返ります。
何が起きたか
ファッション誌やテレビCMで活躍してきたモデルの古谷恵さんが、2025年12月19日に47歳で亡くなりました。所属事務所ボンイマージュが公式サイトで訃報を公表しています。
注目を集めたのはなぜか
長身でクールなビジュアルと親しみのある人柄で支持を集めてきた存在だったことに加え、ステージ4の大腸がんで闘病していたことや、夫と営んでいたビストロの温かなエピソードが多く語られたことが大きかったといえます。
ポイント
モデルとしてのキャリア、闘病を公表しながら送った生活、ビストロや猫好きとしての一面など、さまざまな側面があらためて注目されています。がんとともに生きることや、大腸がん検診の大切さを考えるきっかけにもなっています。
モデルとしても一人の人としても、多くの人に愛された人生だったのだと思うのだ。
モデル古谷恵さんの旅立ち
古谷恵さんの訃報は、所属事務所ボンイマージュの公式サイトで12月22日に公表されました。そこでは、12月19日に逝去したこと、以前から闘病し懸命に治療に取り組んでいたことが丁寧な言葉でつづられています。
文書の中で、事務所は恵さんについて「とても気さくで、常にさりげない気配りを忘れず、自然と人が集まる温かく朗らかなお人柄」と振り返っています。モデルとして第一線を退いてからも、学芸大学の「Bistro11」で夫とともに店に立ち、多くの常連客に親しまれてきました。
ニュースでは、訃報を伝える報道とともに、彼女の笑顔の写真やランウェイでの姿があらためて紹介されました。突然の知らせに驚いたファンや同世代の読者からは、「同い年でショック」「雑誌でずっと見てきた」といった声が相次いでいます。
雑誌とランウェイでの存在感
古谷さんは1978年生まれ。10代の頃からファッション誌で活躍し、「Olive」や「ELLE」「GLOW」など多くの雑誌に登場してきました。中高生の頃に誌面で姿を見て、憧れの存在として記憶しているという人も少なくありません。
身長178センチの長身と、クールさと可愛らしさが同居した顔立ちで、国内外のブランドコレクションにも出演。シャネルやコム デ ギャルソンなど、名だたるブランドのショーに立ち、誌面ではモードなスタイリングからナチュラルなカジュアルまで着こなすなど読者にとっては「憧れの等身大アイコン」のような存在でした。
テレビCMにも多数出演し、ふとした瞬間に画面に映る姿を見て「雑誌で見ていたモデルさんだ」と気づいた人も多かったはずです。長くファッションの現場に立ち続けてきたことが、今回あらためて振り返られています。
ビストロ11と第二のステージ
モデルとして第一線を離れたあと、古谷さんは夫とともに学芸大学で「Bistro11」をオープンしました。SNS上では、「気さくに話しかけてくれた」「行くたびに温かい言葉をかけてくれた」といった思い出が多く語られています。
ミュージシャンの友人は、「亡くなるまでの5年間は、夫婦でとても素敵なビストロをやっていました。その5年間が彼女にとって温かな日々であったのならいいなと思っています」と書き記しています。店に通っていた人にとっては、ただの“有名モデル”ではなく、気さくな“街のビストロのマダム”として記憶に残っているようです。
また、古谷さんは猫好きとしても知られ、愛猫の写真をたくさん投稿していたほか、ペット用アイテムのブランド事業も立ち上げていました。仕事も趣味も、自分の好きなものを大切にしながら広げていく姿に共感していた人は多かったはずです。
公表していたステージ4大腸がん
古谷さんは、2020年に直腸がんと肝臓への多発転移が見つかり、ステージ4と診断されたことを自身のnoteなどで公表していました。そこでは、抗がん剤治療を何十回も受け、手術や放射線治療にも向き合ってきた経過が、淡々と、しかし前向きな言葉とともに記されています。
治療の合間にもビストロの営業を続け、髪型の変化や体調の揺れを正直に書きながら、日々の暮らしや仕事を楽しもうとする様子が伝わってきます。がんを抱えながらも、家族や友人、店のお客さんとの時間を大事にしていたことがよくわかります。
一方で、今回の訃報をきっかけに、がん患者自身や家族から「自分もステージ4で不安だが、同じように前を向いていた姿に励まされていた」といった声も多く寄せられています。闘病の過程を公にしたことが、同じ立場の人にとって支えになっていたことがうかがえます。
追悼の声が伝える人柄
訃報が伝わると、ファッション業界の関係者や、かつての読者、ビストロの常連客まで、さまざまな立場の人たちから追悼の言葉が相次ぎました。「学生時代に読んでいた雑誌で見て憧れていた」「満員電車で偶然見かけた姿を今でも覚えている」といった思い出話も多く語られています。
モデル仲間や関係者からは、「コレクションに欠かせない存在だった」「クールなビジュアルなのに、話すととても柔らかい人だった」という声が目立ちます。仕事の現場でのプロフェッショナルな姿勢と、楽屋や食事の場で見せる気さくさ、その両方が周囲の記憶に深く刻まれているようです。
一般の人からは、「同世代の訃報が本当に増えた」「検診に行こうと思った」といった反応も見られます。古谷さん個人を悼む気持ちと同時に、自分や家族の健康をあらためて意識するきっかけになっているとも言えます。
若くして亡くなるがんと向き合うには
47歳という年齢での訃報は、多くの人にとって「まだ若すぎる」という印象を与えます。一方で、日本では大腸がん検診の対象が40歳以上とされており、働き盛りの世代でもがんと向き合わなければならない現実があることも示しています。
もちろん、検診を受けていても完全にがんを防げるわけではありませんし、個々の病状や背景はそれぞれ違います。それでも、「症状がないうちから検診を受ける」「気になる不調があれば早めに医療機関に相談する」といった基本的な行動が、将来のリスクを減らす助けになることは確かです。
古谷さんの歩みを知ると、がんという大きなハードルの前でも、仕事や家族との時間、好きなものに囲まれた日々を大事にしようとする姿勢が強く伝わってきます。訃報はとても悲しいニュースですが、その生き方から学べることも少なくありません。
恵さんが見せてくれた生き方や笑顔が、これからも誰かの背中をそっと押す力になっていくといいなと思うのだ。

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