スマイリー原島は、日本のロックシーンで活動したミュージシャンであり、音楽イベントの司会や企画制作、ラジオのパーソナリティとしても知られた人物である。バンド活動と並行して野外フェスやライブの現場で存在感を示し、特にフジロックのステージMCとして広く親しまれた。2026年1月に逝去が伝えられ、音楽関係者やリスナーから追悼の声が相次いだ。
概要
1960年に熊本市で生まれ、福岡市で育った。日本専売公社の九州支社に勤めていた時期に音楽仲間の誘いを受け、1982年に博多でロックバンドのアクシデンツを立ち上げて活動を本格化させた。1984年にメジャーデビューし、1987年の解散までに複数のアルバムを残したとされる。
バンド解散後は、SMILEY&SMILE、SMILEY&THE DOCTORS、CONNECTIONSなどの名義でも演奏活動を続ける一方、下北沢を中心にライブイベントの企画制作やオーガナイズに携わった。演者としての経験と現場運営の実務を行き来しながら、音楽の場を立ち上げていく立ち位置が特徴とされる。音楽雑誌での執筆や音楽プロデューサーとしての仕事も重ね、活動領域を広げていった。
2000年代以降は、野外フェスや大型ライブでのステージMCとしての評価が高まった。なかでもフジロックフェスティバルでは長年にわたりメイン級ステージの進行を担い、観客の熱量を安全に受け止めつつ次の演目へ橋渡しする語り口で支持を集めた。音楽の魅力を損なわずに場を整える司会者として、フェス文化の裏方を代表する存在になった。
地元熊本でもラジオを通じて親しまれ、2013年からはFMKの夕方ワイド番組FMK RADIO BUSTERSの担当DJとして定着した。地域の音楽やイベントとも結びつき、放送と現場を往復するスタイルでリスナーとの距離を縮めた。ローカルメディアで培った親密さと、全国規模のフェスで磨いた進行力が同居していた点が語られやすい。
2025年夏以降は病気治療のため活動を休む期間が続き、2026年1月6日に熊本市内で逝去したことが発表された。葬儀は近親者中心で営まれ、のちに関係者やリスナーへ訃報が伝えられた。現場の熱を言葉で結ぶ役割を担ってきた人物として、その不在が各地の音楽シーンで改めて意識されている。
音楽の現場をつなぐ声の仕事は目立ちにくいけれど、なくなると大きさがわかるのだ。

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