天覧相撲とは、天皇が大相撲の取組を観戦する行事・興行を指す呼称である。宮中行事の相撲節会から近代の本場所観戦まで、相撲が公的儀礼や国民的娯楽と結びつく象徴として語られてきた。近年も国技館での観戦が話題となり、運営や警備、所作の面で特別な扱いが残る。
概要
本場所の土俵を天皇が観戦する日は、場内の緊張感や進行の丁寧さが普段以上に意識される。観戦の対象は幕内後半など見どころの時間帯に集まることが多く、土俵入りや弓取式まで含めて一連の儀礼として注目される。皇族が観戦する場合は台覧相撲と呼ばれることもあり、言葉の使い分けも含めて公的性格が強い。
天覧相撲は、単に貴賓席が設けられるというだけではない。警備動線や観客誘導が特別体制になりやすく、力士や行司の所作も一段と厳粛になる。相撲が神事と興行の両面を持つため、天覧は勝敗以上に式次第の意味合いを強く帯びる。
一方で、天覧相撲は常に定期的に行われるものではなく、その時代の社会状況や日程、警備上の判断などで実施が左右される。だからこそ、実施された回は歴史や記憶の中で特別な節目として語られやすい。
歴史
天皇の前で相撲が行われた歴史は古く、奈良時代の宮中行事である相撲節会がその代表例として知られる。中世以降も上覧相撲という形で権力者の前で相撲が披露され、近世の勧進相撲や興行の発展とも交差していった。
近代の天覧相撲で特に有名なのが、1884年3月10日に延遼館で行われた明治天皇の天覧である。梅ケ谷藤太郎と大達の熱戦が評判となり、沈滞気味だった相撲人気を押し上げた出来事として語られる。明治の天覧相撲は、相撲が近代国家の中で国民的娯楽として再定位される転機の一つになった。
昭和期には昭和天皇の観戦が重ねられ、戦後の復興期から高度成長期にかけても国技館での天覧が象徴的な場面として報じられた。平成以降も観戦の機会は続き、節目の回には社会の関心が集まりやすい。
特徴・余談
天覧相撲では、進行の言葉遣いに配慮が入るとされる点がよく話題になる。たとえば結びの一番後、立行司が告げる定型句で、通常用いられる打ち止めという語を避け、結びと言い換えるとされる。小さな差に見えるが、言葉が儀礼の一部になっていることを示す例として知られる。
また、場内の記念物も特徴的で、大入り袋などに行幸啓記念の文字が入るといった慣行が伝えられてきた。観戦が公的行事として扱われるため、観客側にも記憶に残る目印が生まれやすい。勝敗のドラマに加えて、場の演出や記念の作法が重なるところに天覧相撲の独特さがある。
天覧相撲は、相撲の歴史に連なる宮中儀礼の面影と、現代の大相撲興行の現場が交差する瞬間として位置づけられる。実施のたびに所作や言葉、警備まで含めて注目され、相撲が社会の中で担う象徴性をあらためて可視化する出来事になっている。
天覧相撲で使われる言葉の言い換えは、相撲が儀礼でもあるってことを思い出させてくれるのだ!

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