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豊昇龍

豊昇龍は、立浪部屋所属のモンゴル出身力士で、第74代横綱として知られる。右四つを軸に寄りと投げを織り交ぜる相撲で評価され、幕内優勝2回などの実績を重ねてきた。第68代横綱・朝青龍の甥という背景もあり、国際色豊かな大相撲の象徴的存在として注目されている。

概要

モンゴルの首都ウランバートルで生まれ、日本の高校に留学して競技生活の軸足を相撲へ移した。高校では当初レスリングに取り組みながら、相撲部での稽古と土俵の経験を積み、卒業後に立浪部屋へ入門した。

初土俵は平成30年一月場所で、比較的短い期間で関取へ到達した。新十両は令和元年十一月場所、新入幕は令和二年九月場所、新三役は令和四年三月場所と番付を上げ、上位総当たりの環境で勝ち筋を磨いた。令和七年三月から横綱在位となり、第74代横綱として土俵に上がっている。

成績面では幕内優勝を複数回経験しており、日本相撲協会の公式プロフィールでは幕内優勝2回、技能賞2回、敢闘賞1回が記録されている。横綱昇進は令和七年一月場所後の理事会承認を経て決まり、春場所以降は番付最上位として本場所を務めている。

相撲界での立ち位置を語るうえで、叔父が第68代横綱・朝青龍である点は、本人の注目度と期待値を押し上げる要素として度々言及されてきた。一方で土俵上の持ち味は、血縁や物語性だけではなく、組み手の速さや投げの切れといった技術で示されることが多い。

来歴

少年期はレスリングなど他競技の経験があり、留学先として日本体育大学柏高等学校に在籍したことが報じられている。高校在学中に競技の主軸を相撲へ移し、基礎体力と組み合いの感覚を土俵向けに作り替えた。こうした背景は、四つ相撲での身体の使い方や切り返しの速さにもつながると見られている。

入門後は番付を着実に上げ、十両昇進で関取となったのち、幕内でも早い段階から上位と対戦する立場を経験した。三役定着後は技能賞などの三賞を獲得し、技巧を前面に出す相撲で存在感を強めた。令和五年七月場所で幕内優勝を経験し、場所後に大関へ昇進した経緯は、本人の出世を象徴する節目として扱われる。

大関としての在位を経て、令和七年一月場所で二度目の幕内優勝を果たしたことが横綱昇進の流れを決定づけた。横綱昇進後は令和八年一月場所時点でも横綱として番付に名を連ねており、上位陣の中心として土俵を支える立場にある。

特徴

公式プロフィール上の得意技は右四つ・寄り・投げと整理される。組み止めて前に出るだけでなく、相手の重心の変化を捉えて投げに切り替える判断が速く、左からの動きや小さな角度変更で主導権を取り直す場面が見られる。立ち合いで強く当たって一気に押し切る型というより、相手の攻めを受けながら形を作る局面で力を発揮するタイプと評されることが多い。

決まり手の傾向としては、寄り切りが中心にありつつ、押し出しや叩き込みも一定割合で現れるとされる。これは相手の踏み込みや差し手の状況に応じて、前に出る選択と引き技、あるいは投げの選択を使い分けていることを示すデータとして参照される。上位相手では一度の攻めで決め切る難度が上がるため、土俵際の反応速度や体のひねりで勝負を拾う取り口が注目されやすい。

体格は身長188cm前後とされ、長いリーチを生かした差し手争いが特徴となる。四つに組んだ際に上体を起こし過ぎず、相手の攻めをいなして位置をずらすことで、寄りと投げの両方を狙える体勢を作るのが持ち味といえる。

評価

評価軸としてまず挙げられるのは、勝ち筋の多さと技の完成度である。技能賞の受賞歴は、投げ技や切り返しの巧さが場所単位で際立ったことの裏付けとなり、単純な圧力だけに依らない相撲として語られる。大関昇進が決まった際も、三役での安定した成績に加えて優勝経験が説得力を持った。

横綱昇進に関しては、連続優勝を原則としつつも、優勝や準優勝などを総合して判断する仕組みのため、報道では直前成績の捉え方が話題になることがある。豊昇龍の場合も、令和七年一月場所での優勝を受けて横綱昇進が承認され、制度の運用や綱取りの評価基準が改めて注目された。結果として第74代横綱として土俵を務め、番付上も興行上も中心を担う立場となったことで、技術面と実績面の両面から「横綱としての力量」を測られる対象となっている。

横綱の土俵入りには雲竜型と不知火型があって、所作や締める綱の形が少し違うのだ!

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